10月9日、八丈島を台風が直撃してから今日で2ヶ月が経ちました。
この台風で起こったこと自分が思ったことを、ブログに書きたいと思います。日本プロ麻雀連盟で書かせていただいたnoteと重複するところもありますが、最後まで見ていただけたらうれしいです。
台風当日

私は台風当日、東京都の事業で伊豆七島の代表の方たちと五島列島を訪れていました。
五島列島にいた私は、八丈島に台風が来ることは知っていましたが「あぁ、また台風が来るのか。飛行機欠航しなければいいけど。」くらいにしか思っていませんでした。
10月8日の夜、五島列島の視察終え八丈島の方たちと夜ご飯を食べていました。視察の話など談笑をしていると、一緒にいた八丈島の人から「今回の台風はどうやらかなり大きいらしい。島にいる人たち避難所に移動してるみたい。」と聞き、ことの重大さにこの時ようやく気がつきました。
他の島の人たちは五島列島のおいしいご飯を食べ楽しい夜を過ごしていましたが、私たち八丈島の人間はご飯を食べ、そうそうとホテルへと帰宅することになりました。
ホテルへ帰りテレビをつけると、八丈島の台風中継が流れていました。
強い風に煽られ大きくしなる木々、荒れ狂う海、ホテルの窓ガラスが割れている様子、避難所の様子などが流れていました。
そんな様子を見ていると旦那から電話がかかってきました。
「これから避難所に逃げようと思うんだけど、ペット全員は連れて行けないから1匹選んでほしい。」と言われました。我が家は猫4匹・犬1匹・外には鶏を1羽飼っています。
私は「避難所に行くならCOCOだけは連れていってほしい。鶏は小屋が飛んじゃうかもしれないから、玄関に入れてあげて。」と、お願いをしました。
台風が直撃したのは9日の夜中から朝方で、私はいてもたってもいられず夜眠ることができなかったので親指でTwitterをずっとスクロールし、朝を迎えました。

次の日の朝になり、私たちは五島列島をあとにし東京へと帰還しました。
五島列島から東京へは、五島列島→福岡→羽田と飛行機を乗り継がなければいけず、八丈島への帰還はまた次の日でした。
台風から2日経ち、八丈島へ帰還

Twitterで情報を見ていると、全壊している家・木々は薙ぎ倒され土砂崩れが起きている地域・島中では停電断水が起きているということが分かりました。
八丈島は離島なので、船が来なければ食品が入ってくることはありません。
私は島にいる知り合いに「今から八丈島に帰りますが、何か必要なものはありますか?」と連絡をしました。すると「菓子パン・水・水のいらないシャンプーが欲しい」と連絡がありました。

一人で持てる分だけのものを抱え込み、私は飛行機へと乗り込みました。
飛行機に乗っている最中、私は心配ではやく帰りたい気持ちとぐちゃぐちゃになった島を見たくないという怖くて帰りたくない気持ちで、感情がめちゃめちゃになってしまい泣いてしまいました。
上空から島の様子を見ていると、ほとんどのビニールハウスは倒壊し、倒壊している家や片付けられたであろう瓦礫の山が見えました。

空港へ着き車に乗り込むと、きっと何かが飛んできてしまい窓ガラスが割れている車がありました。私の車はなんとか無事で、車に乗り込み家へと急いで帰りました。
空港から家まで走っていると、木々は倒れ電柱は折れ信号は消え変な方向へと曲がっていました。


自宅へと帰ると、庭にはどこかの家のトタンがたくさん落ちていました。裏庭にまわり鶏小屋を確認すると特に被害はなく、幸い自宅もなにも被害はありませんでした。
我が家は古民家なので倒壊しているかもしれないという不安がありましたが、木々に囲まれていることと土地が少しくぼんでいるとこに建っているため、台風の被害はほとんどありませんでした。
私たちの家より全然新しい家でも、屋根は飛び壁が崩れ落ちている家はたくさんあったので、我が家は本当に場所がツイていました。
被害の様子

次の日になり、アルバイトをしているあしたば加工工場へ瓦礫の撤去作業に行きました。


屋根は飛び壁は崩れ落ち、工場の中にあったものも外へと吐き出されていました。見るも無惨という言葉しか出てきません。私の商品も泥だらけになり、外へ放り出されていました。

この日の次の日、すぐに次の台風23号が来てしまいます。これ以上被害が出ないようにと、瓦礫が飛ばないよう社長たちといっしょに片付けをしました。
作業現場で使うネコを何十往復もしながら、瓦礫を運び出しました。


帰りに自分の畑を見に行くと、畑に入れないほど大木が何本も倒れ島唐辛子は全て薙ぎ倒されていました。
島唐辛子はもうダメになって仕方ないと気持ちを決めていたので、この状況を見てもショックを受けることはありませんでした。
およそ3週間の断水
我が家は運がいいことに停電することは一度もありませんでしたが、約3週間断水をしていました。この断水は島の中でも長い方で、私の住む地域は最後の砦のようになっていました。

私は島に帰ってきた時にすぐに、水を買いに行きました。
普段から冷蔵庫に食べるものはたくさん備蓄していますが、家に水分は焼酎しかありません。私が飲む分もそうですが、ペットたちの飲料水も確保しなければいけません。
食べるのは我慢できても、水分を我慢することはできないのです。
台風から2日後はまだやっているお店も少なく、お店に行くと水はほとんど売り切れ自販機の水さえもない状態でした。2リットルのペットボトルを3本は東京から買ってきていたものの、これでは2、3日でなくなってしまいます。
飲料水がなくなるかもしれないというのは相当のストレスでした。少しある水もなくなるのが怖くて、最初の方はほとんど水分をとれずにいました。

「これは困った・・・」と頭を抱えていると、昔働いていたバイト先から電話があり「ご飯作ったから持ってって。飲料水も持ってっていいよ。」と連絡がきました。
バイト先へと行くと、停電していて真っ暗の中ご飯を作ってくれ飲み物をたくさん持たせてくれました。もう本当にありがたかったです。

断水から4、5日経った頃、お風呂に溜めていた水も尽きてしまいました。
また違うバイト先から「水出てなかったら、好きにくんでいっていいよ。シャワーと洗濯機も自由に使ってね。」と連絡がきました。
お言葉に甘えて、お水を汲ませてもらいました。
この時はまだスーパーにポリタンクは売っておらず、家には水を汲むものがありませんでした。とりあえずゴミ箱にゴミ袋を被せ水を入れましたが重くて持てず、結局3分の1くらいしか入れることはできませんでした。
「これは困った・・・」とまた頭を抱えていると、島の方から連絡が来てポリタンクを譲ってくれることになりました。

ポリタンク神!!!ポリタンクを満タンに入れても私ひとりで持ち運びもでき、このポリタンクのおかげでかなり生活水準があがりました。

断水から1週間ほど経つと着る服がなくなってきて、柄on柄の服装へと私はイメージチェンジをしました。「洗濯機使っていいよ。」と言っていただいていたものの、島の水源が少なくなっている状態で洗濯するのもあれだよなと思い、洗濯はほとんどしていませんでした。

お風呂はというと、この時はまだ「少しの辛抱だ」と思っていたので、台風後2、3回は風呂に溜めていた水で水風呂に入っていました。いやあまあ冷たいよねぇ。でも「サウナ後の水風呂だ!キモチー!」と思い込みながら浴びていました。
その後結局心が折れ、バイト先のシャワーを貸してもらったりビューホテルの大浴場を貸していただき生活をしていました。
ちなみにトイレは3、4回使用して1回流すような生活をしていました。トイレって1回流すのに4〜6リットルも使うんです。せっかくくんできた水を流すのに使うのが勿体なさすぎて、流せませんでした。
断水期間中一番困ったのが、食べるものです。食料はたくさんあったものの、自炊をするとフライパンや鍋・お皿などを洗わなければいけなくなります。汚れは冷たい水では洗い落とせず、ストレスでした。
「あーこりゃ困った・・・」と悩んでいると、また違う島の方から「洗わないでいい食料品たくさんあるから持ってって」と連絡をいただいたのです。

す、すごい量・・・!もうチンするご飯が本当にうれしかったです。


これで洗い物がグンと減りました。

そして2週間経った頃・・・お水が出たのです!あまりのうれしさで、いつもは作らないカレーを作っちゃいました!このときのカレーはめちゃくちゃおいしかったです。
一晩寝かせたカレーも食べ終え「さー洗い物でもするか。カレーうまかったなぁ。」と蛇口をひねると、なんとまた断水していたのです。まさかまた断水するなんて思ってもいなかったので、相当ショックでした。
それからというもの鍋を洗う気になれず、放置しカレーはカビました。もう浮かれてカレーなんて作りません。
結局この断水はなおることはなくカビたカレーを放置し、私は仕事で上京しました。
3週連続の物産展

台風から2週間後、3週連続で八丈町商工会として東京都の物産展へ参加しました。
もともとこの時期は毎週物産展が行われていたのですが、こんな大変な状況の中行っている場合じゃないとも思いました。それに物産展で出すはずだった事業者さんたちも大きな被害が出ていて、商品を出せないという方もいました。
ですがこんな時だからこそ、八丈島の商品を売りたかったし台風の状況を多くの方に知ってもらいたいと思い、八丈町商工会は物産展に参加することになりました。

物産展ではたくさんの方が来場してくれ、励ましの声をかけていただきました。商品もほとんど売り切れ、遠いところ足を運んでいただきありがとうございました。

物産展の様子は、TOKYO MXさんが取材をしにきてくれました。
自分のできることは何か
私の住む大好きな島が台風で甚大な被害を受け、私は島のために何かしたい!
帰ってきてからすぐに、所属する消防団の団長に「何かすることありませんか?」と聞くと「出動はするけど、人の救助だったり力仕事だから待機でいいよ。」と言われました。商工会にも所属しているので、商工会で何かできることがないかと聞きましたが「今のところ特に何もない。」との返答でした。
「ああ・・・なんという無力なんだ自分は・・・。」と、私は打ちひしがれる思いでいっぱいでした。
台風当日に自分は島にいなかったこともあり自分も被災者ではあるものの、どこか外から見ている自分がいて、助けてあげたいという気持ちになっていました。
今考えてみれば、みんな忙しい中連絡をしてしまい申し訳なかったと感じています。
Twitterまとめ情報
それから改めて私ができることを考え、島民が今必要としている情報をまとめたTwitterのアカウントを作ろうと決めました。
八丈島のTwitter普及率はかなり高く、大切な情報はTwitterに書かれていることが多いのです。ですが復旧作業で忙しく情報を拾いきれないかと思いまとめる作業と、困っている人の拡散をすることにしました。
外部との架け渡し
ちょうど台風期間中上京していた島の人から「島のために何かしたくて、甘いお菓子が足りてないって聞いたから受け取って欲しい」と連絡がありました。


台風からまだ数日しか経っておらず、スーパーもままならない時でした。
飛行機の貨物で送られてきたお菓子を受け取り、相談の上なないろカフェさんへと寄贈し、炊き出しの時に配っていただきました。

麻雀関係者の方から「断水していると聞いたので、飲料水を送りたい」と連絡をいただき、私のご近所は断水が長引いていたのでお配りしました。

毎年八丈島で合宿を行っているスポーツ団体GONAさんから「復旧活動に使って欲しい」と軍手を預かり、代理で関係者の方へ配布を行いました。
義援金
所属している日本プロ麻雀連盟から「八丈島の復興に力になれれば」とnoteの執筆の依頼がありました。
noteのご購入・ご支援、本当にありがとうございました。手数料などを引かれ約17万円の売上となりました。赤十字社を経由し、八丈島の義援金にあてられます。

知り合いのお寺様から、11万5477円のご寄付をいただきました。
現在島の復興イベントを企画しています。まだ企画段階なのでできるか分かりませんが、その費用に少し充てさせていただき、残りは赤十字社を経由し八丈島へ寄付させていただきます。
さいごに
今回八丈島を台風22号が直撃し私が住む島は被災地となり、私は被災者となりました。
八丈島は離島のため、復旧活動はなかなか思うように進んでいないという印象です。
食料品や建築材料など物資を運ぶのには船に乗せなければいけず、大工さんや解体業者さんも少ないためまだビニールシートが貼られている家がたくさんあります。
また、運んでくるのが大変な一方で運び出すのも大変です。広場や運動場は今もなお、瓦礫の山です。この台風で、八丈島の18年分に相当するゴミが出たそうです。
今回の台風で「全壊19件、半壊64件」という数字がニュースで出ていますが、半壊というのは基礎などが残っているところは半壊にあたるそうです。島中倒壊している建物はたくさんあるのに、この数字には違和感があります。
全壊半壊に指定されないと、家の費用もあまり出ず1割とかしかでないそうです。

ちなみに私の畑はめちゃめちゃになりましたが、どの補助金にも該当はしませんでした。
台風から2か月が経ち、今回の被害はどんどん風化され忘れ去れていく一方で、島では今も至る所に傷跡が残り、周りからは見えないところで苦しんでいる人たちが大勢います。
島は年配の方も多く「今回の台風で建物がダメになっちゃったんだけど、今からお金かけて直しても今後生先短いから事業をするのをやめた。」と言っている方もいました。
うーん、言葉が難しいので語弊があるといやなのですが、結局補助金は補助金です。もらえる人ももちろんいるけど、もらえない人もいるし、ちょっとしかもらえない人は山ほどいます。
災害といえど、結局は自分たちのことは自分たちでやりなおす立て直すしかありません。
八丈島を救うのは観光のみなさまだと思うんです。八丈島は観光の島なので、たくさんの方に来ていただき楽しんでもらい、おいしいご飯を食べ泊まりお土産を買っていただく。そして八丈島を好きになってもらう、これに尽きると思います。

現在大きな被害が出ている飲食店・宿泊施設を除きほとんどのお店は営業が再開されています。先日、温泉も復活しました。
どの飲食店も宿泊施設も空いています!ガラガラです!!島にゆったりとした時間を過ごしに、旅行にいらしてみてはいかがでしょうか。
もっともっと書きたいことはあるのですが、あまりにも長くなってしまうので今回のブログはこの辺で終わりにします。ここまで読んでいただきありがとうございました。
さいごになりますが、今回の台風でたくさんのご支援・お声がけ本当にありがとうございました。みなさまの優しさ1つ1つが私、そして島の力になっています。
あとめちゃくちゃどうでもいんですが、今流行り(?)の16Personalitiesを昨日またやってみたら、ずっとINTJ(建築家型)だったのに初めてISFJ(擁護者型)に変わっていました。どうやら今回の台風で、私は少し性格が変わったようです。
で!っていう!!(笑)
ブログ長くてすみません!また次回のブログでお会いしましょう!!



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